【ヨガ哲学の名言】正直者は馬鹿を見ない!はず。

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つまらない嘘をつくより、真実を語った方が幸せになれる!?

「正直の確立によってヨーギーは、彼自身と他者のために、事を為さずして事の成果に至る力を得る。言い換えるなら、物事がおのずから彼のもとへ来る。自然はすべて、正直な人間を愛する。」

ヨガ・スートラ

テツコは以前、「あんたなんかよりもっと私に合う素敵な人が絶対にいる!」という捨て台詞を言って、彼氏と別れたことがある。彼は「よくそんなことが言えたもんだな。」と言って激怒した。

ラブラブの時は「君はみんなにかわいいって言われるやろ。」なんて言われてたのに、最後はこんなもんだ。あの時の言葉は、今でもテツコの心を締め付ける。だって、結局今は独身だから、彼以上の素敵な人に出会ったとは言えないから、大ぼら吹きになってしまったのである。

人生でついた「最大の嘘」と言っても良いかもしれない。では、ヨガ哲学では、嘘をつくことは良いことなのだろうか。

ヤマという禁戒のうち「正直サスティヤ」というものがある。ヨガ・スートラによると、「正直に徹した者には、行為とその結果がつき従う。」とある。

「正直の確立によってヨーギーは、彼自身と他者のために、事を為さずして事の成果に至る力を得る。言い換えるなら、物事がおのずから彼のもとへ来るー自然はすべて、正直な人間を愛する。」と書かれている。

佐保田先生解説によると、

『正直の戒の実行に徹したならば、その言う通りの行為と結果が実現する。例えば、「君は立派な人間になれ」と言えば、言われた人は立派な人間になるし、「君は天国に生まれよ」といえばその男は天国に生まれるというふうにである。或いはただ言うだけで何もしなくても、行為したのと同じ結果が生まれるという意味に解することができる。』

行為しなくてもその通りになるとは、正直の功徳はものすごく大きいものなんだなぁ。

中学生の頃、平気で嘘をついた。嘘がうまいと思っていて、ポーカーフェイスで嘘をつくってかっこいいなんて思ってた。そんなに大きな嘘ではないけれど、若い頃の嘘って背徳感なのか、刺激的なのか、なんだか特権みたいだった。

例えば、こんな嘘。「女の子の友達の家に行ってくる。」いやいや、それは男の子の家だとか。「誰と電話してたの?」「女の子だよ。」それは好きな男の子だったとかね。そんな簡単な嘘が、妙に高揚するものだったのだ。

しかし、大人になったら、真逆になった。嘘をつけない人間になった。尊敬していない人をヨイショしたり、反省なんてしていないのに謝ったり、時間に遅れたら体調不良と言ったり、ある意味、処世術なのだが、嘘をついているような気がして、自分が嫌になることも多くなった。

大人になってからの嘘はしんどい。上司に気に入られるようなことが言えない自分を、不器用だと諫める夜もある。男性のゴマスリを見るにつけ、「彼らは人として大事なものは失っているけれど、彼らにとって大事なもの(出世)は手に入れていくのだろう。」と男性と比較してみては、それができない自分を謗る夜もある。

どう考えても世界的に見ると、日本女性は出世が難しいからこそ、男性よりもしたたかさが要求されるのだろうが、男性みたいにゴマすりをして、這いつくばってでも偉くなりたいという気持ちになれない自分を責める夜もある。

そんな夜は、ブータンで実際にお坊さんの話を聞いた時のことを思い出す。幸せの国として有名なブータンはチベット仏教国で信仰心が深い国である。タンゴ僧院という寺院は、ティンプー北部の郊外にある標高3500mのところにある。登山口から1時間程度歩いて、ようやくたどり着いた寺院は、山々に囲まれた霊魂のパワーが集まったような場所だった。

オレンジ色の糞掃衣を着たお坊さんはこう話してくれた。

「仏教には大切なことが3つあります。1つは考え方、2つ目は口、3つ目は体である。考え方次第で良い子にも悪い子にもなる。悪い口をきくと悪いことも起こる。体を健康に保つこと。」

おそらく彼は仏教用語の身口意三業のことを簡単に分かりやすくおっしゃってくださったのだろうと思う。バベルの塔のように、天にも届きそうな神々しいその場所で言われた言葉は強烈に胸に響いた。

ゴマスリなんてどうでもいい。出世のための嘘なんて愚かしい。ブータンでの体験は神から受け取った生きた言葉だ。あれ以来、テツコはサスティヤを実践している。

さらに、ヨガ・スートラはとてもありがたく、嘘はつきたくないけど、迷った時や困った時の対応についても、しっかりと教えてくれている。

『方便としての嘘も言わないということである。正直であることによって問題が生じたり、誰かに困難や不都合が生じるならば、われわれは沈黙を守るべきである。嘘をついて「私は知らない」と言うのではなく、はっきり、「私は知っているが言いたくない」と言えばよい。』

つまり、嘘をつかないと事態が収束しない場面でも、沈黙を守り、言いたくないとはっきり言うこと。嘘も方便ではない、嘘は害悪になるかもしれない。テツコはサスティヤを実践し、望ましい人生の結果を得たい。そう願うのだ。サスティヤによる功徳を手に入れたいと。

サイババはこう言及する。

「真実を語れ 響きよく語れ 不快な真実は語ってはならない」

正直なあなたこそ、きっと幸せになれる。つまらない嘘より、真実を語ろう。言いたくない時は沈黙を貫こう!正直者はきっと馬鹿を見ないはず。今日も、ヨガをそばに。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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