【ヨガ哲学の名言】大谷翔平選手心酔!中村天風哲学!目的にすると辛くなる?

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中村天風先生の半生にも触れながら

「目的にすると辛くなるから、

楽しみにするんだよ」

中村天風

前回、中村天風先生の言葉には、名だたる偉人たちが影響を受ける、エナジードリンク以上の即効性があると、書いた。今回もそんな言葉。

コシノ・ジュンコさんが以前NHKのスイッチインタビューの中で、「目的があれば」道は開けるとお話なさっていた。そして、誰かが「目的があればニューヨーカーは優しい」(芸人の渡辺直美さんだったっけかな?)など、「目的があれば」という言葉は、夢があるテツコの心をわしづかみにした。「目的」という言葉は強く心に残り、信条となっていく。

そうだ、「目的」がないと生きている意味がない・・・。そうだそうだ。そもそも、目的がない人間が何かを達成するのは難しい訳で、目的があってこそ人生の意味も見出せる。目的のない人生なんて意味がないと。しかし、これもやはり、程度問題で、加減が大切というお話。

テツコは目的という言葉に固執するようになり、いつしか目的人間に傾き、偏っていくようになっていった。それ自体は本当に悪くはないのだが、偏っていくのが問題だ。

次第に、目的と目的でないものをはっきり区別し、目的には関係のない人間関係が面倒になっていった。だって、人間関係って、人を大切にするって、そりゃ「人脈」って考えれば価値があるのかもしれないけれど、「人脈作り」以前に努力しなくてはならない時期って必ずある訳で、そう考えると、人間つきあいそのものって面倒じゃない?なんてさ。

人間関係も目的とは直接的には関係ないから、必要ないと。でもそうなると、もはや、人との会話もなくなり、人間味もなくなり、自分が血の通っていないAIみたいな、人造人間のようにも思えて来る。

心が動かない、人付き合いが面倒、人付き合いで得られるものって何だ?人に傷つけられるのも嫌、人に煩わされるのも嫌、人に時間を使うのが嫌・・・。

目的のために、人付き合いの時間も節約して、夢のために、のめり込めれば夢中になれればいいじゃんっとなっていった。そう、3か月くらいはそれで良い。それに向かって邁進して、とても充実した日々になる。

しかし、燃え尽き症候群のように、力尽きた時に、一気に消耗と焦燥が襲いかかるのだ。人間やっぱり、人間味を失うと恐い。だから、目的化の弊害って結構ある。

すると、中島敦の「山月記」をふと思い出す。なぜ李徴は虎になったのか・・・。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」「妻子を顧みない性格」「詩への執着心」などなどらしいが、「目的」だけになっていくと、次第に人間味がなくなっていく。(でも、虎かっこいいよね。自分が虎みたいに思えてくる。いかんいかん。)(カフカの「変身」も衝撃的だよね。全然違うけど。)

これから人って、AIとの共存を叫んでいるけれど、実際はAIが確実に人間化していく一方で、人間はAI化していくんじゃないかって、社会学みたいなことを思ったりする。若者の恋愛離れだったり、結婚の減少だったり、とすでに、「多様化」という言葉の裏で、起こり始めているような。

AI化していく自分は、人間との触れ合いが減り、温かさが消え、心をすり減らすだけになっていく。なかば、「それでいい」とも思う一方で、テツコは目的を求めるゆえに、精神的に追い詰められ、蝕まれていく。お前の人生はそれでいいのか?

そんな時にまた出会い、目に飛び込んできた天風先生のお言葉。

「目的にすると辛くなるから、楽しみにするんだよ」

そうだよなぁ。楽しみは忘れてはならない。自分で自分を苦しめすぎはダメだ。自分がどんどん病的に蝕まれていくことに気付かないといけない。天風先生は「笑う」ことをとても推奨なさっていたけれど、人生、楽しくなきゃダメだ。

そういえば、中学生のころ、楽しくて何も考えずに描いたポスターが全国で表彰を受けたっけ。そんなもんだ。目的を考えずに楽しんだ結果、実は、得るものは大きい。楽しいだけで価値のあることなのだ。

楽しさは周囲に伝わるからであろう。精神をすり減らした人間に誰が近寄ろうものか!

ある人がある映画について本当に楽しそうに語っていて、笑いながら楽しいんだろうなぁって、見ていてとても心が穏やかになったし、あるヨガインストラクターさんが笑って話していると、なんだか、こっちもわらけて来て楽しかったもんなぁ。楽しさと笑いって大切だよな。

「一直線」は美しいが、ポキッと折れることがある。その時、「複線」(複数の選択肢)が道しるべとなり、支えてくれる。よくハンドルに例えて、遊びがなきゃいかんと、言う。

視点を変えると、サッカー選手の長友選手のように、ヨガを取り入れている選手も多い。イチロー選手や錦織圭選手も取り入れているという。色々な動きの可動域や怪我予防の必要性から、一つだけにならずに、色々なスポーツに触れるべきとも、言う。

とにかく、目的1点の一つにこだわることも大切だけれど、意外と他の力が下支えしてくれて相乗効果でどんどん伸びたりするもんだ。時々は、複数の選択肢を同時進行で進めることも良いことなんだろうな。あれ!これって大谷選手の二刀流につながってる?!

天風先生は肺結核になり、ヨーロッパを歴訪するも改善せず、「もはやここまでか・・・」というところで、「祖国日本に帰ろう」「富士山を見たい」と日本に帰ろうとしたが、エジプトで、予想外にグル(師のこと、カリアッパ師)と出会う。それから、ヨガと出会い、修行を経て、絶望の死の淵から、立ち直った。

天風先生の場合も、もし、「富士山」を目的化して、カリアッパ師の「Come here.」を断って日本に帰っていたら、余命わずかで、すぐに亡くなってしまったのかもしれない。カリヤッパ師との不思議な出会いから、ネパールのゴーケ村まで行くことになり、天風先生のヨガの修行生活は始まった。

元々、グルとの出会いは貴重なもので、佐保田鶴二先生によると、「導師との出会いは、グルとの個人的な、そして神秘的な因縁、すなわちつながりがないと起こらない」という。

個人的な縁がないと、いくら、インドでヨギになっても、必ずしもグルに出会えるわけではないのだ。グルとの出会いはほとんど不可能だというから、それだけの奇跡に遭遇した。

人間は相互関係の中で、時には人にも流されながら、生きるもの。そんな時に人は奇跡の出会いを果たすのかもしれない。一直線はそれはそれで美しい、それを貫くのもあなたの人生。

それでも、時に、何かに流されるようにして、導かれる瞬間を大切にするのも良いのかもしれない。一つがポキッと折れた時、何かがきっと支えてくれる。何かに行き詰った時、視野を広げると、不思議に道が開かれることがある。

目的で辛くなったら、原点に返り、まずは楽しんでみよう!

テツコはこんな風に考える。ちょっと怠けている日には、「目的」で自分にムチを打つ。でも、苦しくなり過ぎた時には「楽しんで」と声をかける。そのバランスで、人生を乗り切ろうと。テツコには両方ないとダメだ。

では、頑固になりすぎず、遊びと余裕を持って努力して、ヨガで身体も整えて、そんな日々を大切にしよう。

天風先生は修行を経て病気が治り、92歳まで長生きをした。そして、その後の活躍はめまぐるしく、我々に残してくれた功績はあまりにも大きい。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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