【ヨガ哲学の名言】天才たちが生まれ変わりを信じた理由とは?

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やっぱり天才はすごすぎる!あなたは生まれ変わりを信じる?

「自分の仕事はこの一生だけでは完成せず、それどころかほんの一部しかできない。もし生まれ変わりがないとすれば仕事は完成しないから、自分の仕事を完成しようという強い希望がある以上は生まれ変わりを信じないわけにはいかない。」

レッシング

あなたは生まれ変わりを信じますか?日本人の多くは信じていると答えるという。かく言うテツコは、信じ始めているところである。

学生時代、「生まれ変わったら結婚しよう。」と言われたことがある。言われた時はロマンチックなんて思ったけれど、大人になった今なら分かる。「今のお前の外見はダメだけど、性格はまぁいんじゃない?」的な感じだろう。

確かに、あの頃のテツコはぽっちゃり全盛期だったから納得はできる。だからと言って、別にそんなこと言わなくても良いのに。なんて、残酷なのだ。若い頃の好き嫌いは本当に残酷だ。男子はかわいい子が好きで、性格の善し悪しなんて見てないんだって、何度も傷ついたことは覚えている。大人になっても、それはあんまり変わらないけれど。

男性って、タイプがすごくあって、残酷だなぁって。女性は愛されれば、ほだされる人も多いけど、男性って結構残酷なんだよねーって、これって、男性も女性に感じてるのかなぁ。誰かに聞いてみるか。

ヨガ哲学における、生まれ変わりすなわち輪廻転生について考えてみよう。そもそも日本人は輪廻転生を信じるだろうか。2008年、「『生まれ変わり』はあると思うか?」という国際調査に対して、日本人は43%が「ある」と回答。33%が「ない」、残り24%が「わからない」との結果だった。調査をしたのは、国際社会調査プログラム、通称ISSP。現在、45カ国が参加する国際調査機関だ。(かなり前のデータですみません。)

ちなみに、アメリカでの調査結果は、31%が「ある」、64%が「ない」と回答。教義上は、「生まれ変わり」を否定しているキリスト教圏の国々でも、この考え方を肯定する回答が出ている。(「人は生まれ変わる」という本より)半数とはいかないまでも無神論者の多い日本人としては高い比率と考えても良いのではないだろうか。

生まれ変わりがこんなにも市民権を得ているのだから、輪廻転生とはどのようなものなのか、ますます知りたくなる。

佐保田先生によると、

「人間はこの世に長く生きたところで百年、短い人は五十年で死んでしまいます。これで終わるなら人生は何の価値もありません。たった50年や100年で何ができますか。何もできないでしょう。ですから、この世でし残したことが次の世でやり、次の世でし残したことをその次の世でやるというふうに考えないと、生きていく勇気や本当の意味での生きがいを感じられません。」

さらに東洋限定にも思える輪廻転生をヨーロッパの人も信じていたと言うのだ。

『ヨーロッパ人の中にも来世を信じる日とはたくさんいました。ドイツの有名な詩人、レッシングがそうです。なぜレッシングが来世を信じたかというと、「自分の仕事はこの一生だけでは完成せず、それどころかほんの一部しかできない。もし生まれ変わりがないとすれば仕事は完成しないから、自分の仕事を完成しようという強い希望がある以上は生まれ変わりを信じないわけにはいかない。」同じようなことはゲーテも考えていた。』

「われわれも、1つの目的に達するまでは何回でも生まれ変わります。肉体そのものはなくなるかもしれませんが、心を含めた魂、われわれの存在、人格は決して滅びることはありません。この世での自分の生活に責任を持つこと。この世ではなく、来世も来来世にも責任を持つと考えたほうが賢明である。」

「1日24時間では足りない」とよく思うが、賢人たちはその同じテンションで、「一生が50年では足りない」と考えていたことが分かる。さすが賢人である。我々凡人では想像だにしない強く成し遂げたい1つの目的があるから、この世では終わらない、果たせない。

だから、さらなる次の世で果たそうという方が納得できると言うのである。さ、さすがとしか言えない。到底及ばない。

テツコは幼い頃、本当に何も考えてない未熟な子供だったので、せっかく生まれても、また、無駄遣いして、そのたった一つの目的を果たせるのか疑問が残る。ドラマの「ブラッシュアップライフ」みたいに何度も生まれ変わって、目的を果たすことってできるのだろうか。でも、そのへんを考えていると、妙に、大人みたいな子供がいるのもうなずける。

前世からの強い目的意識から生まれた子供だから、凡人のように、夢をまず見つけなければということも考えない幼いうちから、夢に向かって頑張っている子供たちがいるのかもしれない。

すると、輪廻転生は我々の運命がなぜ様々なのかという恒久的な課題へのヒントも教えてもらえる。運命はやはり、カルマと大いに関係があるらしい。

「われわれの運命が千差万別なのはなぜか。悪事を千度働いても幸福な生涯を終わることができた例もたくさんあります。この不合理をどう解釈すればよいのか。インドの哲人は業(カルマ)の観念をもってこれを処理しました。」

「人間は永遠の生命を持っています。永遠の昔から永遠の未来まで生きているのですから、死んだからといってなくなるのではありません。死んでなくなるのなら、ある面においてはラクでいいですね。億万の金を盗ったり、人殺しをしてもみつからなければいい、死んだら終いといけばいいでしょうが、そうはいきません。この借金は死人だからといって消えません。ここにいらっしゃるみなさんは立派な方ですが、中にはひどい境遇になる人、ひどく不幸になる人もいるでしょう。これはみな前生から持ってきた借金払いをしているのです。それがなかったら、こんなに差があるはずはありません。みんなと同じように生活しているのに千差万別の運命があるということは、前生の借金払いをしないといけないからです。この世でそういう借金をつくった来世では利息のついた重い借金払いをしないといけなくなります。」 

確かに、不合理に感じる時がある。あの子はかわいくてお金持ちで全部持っている。なんで人生が全然違うんだろう。前世のカルマだったのかもしれない。

最近は、テツコも自分がどんなに不甲斐なくても、前世のせいだと割り切るようにしている。前世のせいなら何の不可抗力もないし、自分のせいではないと言えるから。テツコの思考の癖はどうしても自分を責めて苦しくなる傾向にあるから、自分のせいではないところで、様々な問題を処理したいのである。その方がよっぽど幸せにポジティブに生きられることが分かってきた。

「人のせいにするな」ってよく言うし、絶対真理なんだけど、「人のせいにしている人」を見るにつけ、そういう人の方が案外幸せなんじゃないかなぁって見てて思う。誰かのせいにできたり、前世のせいにできたりした方が楽で良い。良いことかどうかは別にして。

本家本元のインドではカルマやカースト制に縛られているイメージではあるが、今はどうなのだろうか。スワーミー・メーダサーナンダによると

「カースト制度は緩やかに弱まり、現代のインドでは、カースト間での会食や結婚は特に都市部ではどんどん一般的になってきています。また最下層の階級に属する多くの人々が、よい教育を受けてよい仕事を得るようになり、社会的国家的功績をあげています。」

では、輪廻転生を信じるかどうかは別として、「生まれ変わっても私と一緒にいたい?」なんてヤボな質問はしないこと。人間に生まれ変わるってだけで奇跡なんだから(笑)そして、一生じゃ足りないと思えるくらい、充実させたいものだ。

最後に、ヴァガバギット・ギーターのこんな言葉で終了しよう。

「生まれたものは必ず死に 死んだものは必ず生まれる 必然 不可避のことを嘆かずに 自分の義務を遂行しなさい」

そう、ただただ、くよくよせずに、今日も頑張ろう。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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