【ヨガ哲学の名言】ストイックになりたい!聖者の時間割を発表!

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ヨガに敗北はない!常に勝利!~ストイックになりきれない弱い自分との向き合い方~

「失敗は一時的なものだ。なぜなら、ヨーガにおいて敗北というものはないからだ。この闘いはつねに勝利する。」

マハラジ

ストイックになりたい!一流の先生にしかできないような、難しいアーサナができたらいいなと憧れる。そのためには、身体も絞らなくては、食事を変えなくては、習慣を改めなくてはと、改善策が一気に頭をかけめぐり、少し落ち込む。

家で練習してもなかなかできるようにはならない。挫折だ。そんな時には、ますます怠け者のタマスが顔を出す。タマスが優位では成功できるはずもなく、納得のできない現状維持。

テツコの難しいポーズとはバカ・アーサナとか、ハンドスタンド(壁がないと恐くてできない)とかなのよ、そこまでは難しくないはずなのです、めんぼくないです。

そんなテツコはインストラクターの先生についつい質問してしまう。「週何回ヨガをすれば良いのでしょうか?」「もちろん、毎日が良いけれど、週3回は最低でもやった方がいいよ。」太陽礼拝だけは毎日やるようにはしているけれど、まだまだ足りないんだろうなぁ。

「なかなか体が変わらなくて、全然できるようにならないんですよ。」とぼやくと、先生は「少しずつ少しずつ体は変わるから、いつか突然できるようになったりするものだよ。」と。我ながら、様々な方に励まされているな。ありがたいことこの上なし。

ただし、難解なアーサナに挑戦するには注意も必要。無理な動きをすると、身体を壊してしまうことがある。それは要注意。身体を健康にするためにヨガをしているのに、身体を痛めてしまうのでは言語道断だ。

それに、ブッダは6年間断食や不眠を経験し、やせ細ってあばら骨が露出している、あの有名な仏像があるが、彼は決して苦行によって悟りを開いたのではない、解脱したのではないと語ったと、どこかで聞いたことがある。苦行はマストだとは言っていないのだ。

なるほど、ストイックにはなりたいけれど、なりすぎも禁物なのかも。

「I AM THAT」の中で、ニサルガダッタ・マハラジと質問者はこのような対話をしている。

質問者「ヨーガのまじめな弟子だったものが、何年か後に挫折し、すべての努力を放棄した場合はどうなるのでしょうか?」

マハラジ「ある人がすること、あるいはしないことを、私たちはしばしば見誤ることが多い。彼の見かけの無関心さは、ただ力を蓄えているだけなのかもしれない。私たちの行動の原因は実にとらえがたいものだ。非難したり賞賛したりすることさえも急いではならない。ヨーガとは内面の自己が、外面の自己に働きかけることだと覚えておきなさい。外面の自己のすることは、内面の自己への反応にすぎない。」

このように、休んでいたとしても充電しているのかもしれないと肯定的にも捉えてくれている。体調が悪くてヨガができない日もある。忙しくてヨガができない日もある。悲観するなかれ。

しかし、ストイックになりきれないテツコみたいなヨギーには、厳しめの言葉も必要だ。習慣の大切さについて、パラマハンサ・ヨガナンダから学んでおこう。

「人の人生は、生半可な意志や決意によって支配されているわけではなく、習慣によって支配されているのです。人々が健康と繁栄そして快適な生活に慣れ親しむと、これらが簡単にやって来たように思えます。同様に、貧乏と失敗も、それらに慣れ親しんでいる人々のところに簡単にやって来るのです。善い習慣も悪い習慣も容易く、そして知らぬ間に行動に移されます。善い結果と悪い結果をもたらしながら、、、。成功も失敗も習慣なのです。成功、健康、叡知は本来の属性であり習慣です。軟弱な習慣と思考、集中力と忍耐力そして勇気の欠如は、人々の苦しみの、そして悲惨の元凶なのです。」

2人の言葉を考慮すると、甘すぎず、厳しすぎず、自分をコントロールしたいものである。まさにヨーガ=「調和」としてうまくバランスが保てたらと願う。結局は、いかに自分なりのヨーガのペースを見つけられるかだ。

「とにかく毎日やらなくては。」と少し風邪気味かなという日に、ヨーガをやってしまい、風邪を悪化させてしまったり、ストイックに頑張りすぎて結局は3日坊主になってしまったりと、平日と週末の過ごし方など、なかなか自分なりのペースを見つけるのが難しい。

ちなみに、どのような生活が望ましいか分からないというあなたに、スワミ・シヴァナンダの修行の時間割を紹介しておこう。

「ジャパと瞑想朝4時間夜4時間、聖典、教典の学習3時間、人との接客1時間、アーサナ、プラーナーヤーマ朝1時間夜1時間、散歩1時間、睡眠5時間、奉仕1時間半、沐浴その他1時間、食事1時間、休憩半時間 合計1日24時間」

まぁ、なんて厳しいのだろうか。ジャパ(マントラを繰り返し唱えること)と瞑想が8時間とはすごいな。聖典と教典は3時間かぁ。アーサナとプラーナーヤーマ(呼吸法)は2時間、意外と少ないな。でも、散歩も1時間するから、身体を動かすのは3時間か。睡眠5時間も無理だな。

「くっそー、私には無理だ。」とやる気が減退してしまうが、できない自分に悩んでしまう時は、こんな風に折り合いをつけることにしている。

身体を痛めてまであまりにもできないアーサナに固執してしまう自分がいたら、神様に「あなたにはまだまだだよ。」と言われているのだと考える。

ここでのポイントは「あなたにはできないよ。」ではなく、「いつかはできるけど、まだまだ時間は必要なんだよ。一生をかけて取り組むのがヨーガなのだから、簡単には与えないんだよ。」って、テツコは解釈するようにしている。そうすると、少しだけホッとする。

あの聖者も言っている。

『ラーマクリシュナ・パラマハンサの妻であるサーラダー・デーヴィーは、彼の弟子たちの行き過ぎの努力をよく叱ったそうです。彼女は、彼らを熟する前に摘み取られたマンゴーに比較して、「どうして急ぐの?あなたが完全に熟し、甘く、芳醇になるまで待ちなさい。」とよく言ったのです。』

テツコは未熟だから、あせるだけで、待つのが苦手で、ダメだなぁ。そうだよね、辛抱強く、継続することが成功の鍵だよね。

最後に、ヨーガは一生もの。むしろ、短期間で習得しようなんておこがましい話だ。(と思うようにしている。)インダス文明から4,500年もかけて紡いで伝わって来たものだから、ヨーガの担い手たちに敬意を払いながら、時間をかけてゆっくりと丁寧に真摯に向き合うものだと思う。

どんなヨーガもあなただから、そもそも落ち込む必要なんて何もない。どんな時もヨーガが後押ししてくれる。ヨーガが答えをくれる。急ぐ必要はない。熟するまで待つのだ。

マハラジは語る。

「失敗は一時的なものだ。なぜならヨーガにおいて、敗北というものはないからだ。この闘いはつねに勝利する。」

マハラジさまさまも大好きだなぁ。聖者たちにはいつも感動させられている。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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