【ヨガ哲学の名言】毎日のススメ

yoga

毎日のルーティーンをこなすだけで幸せ!

「成功は実践するものに訪れる」

アイアンガー

「アーサナは引き締まった、病気知らずの、手足の軽いからだをつくる」

ハタヨガ・ブラティピカー

毎日ヨガをする。毎日料理を作る。毎日ブログを書く。毎日ツイッターをする。毎日インスタを見る。毎日原稿を書く。毎日英語を勉強する。毎日笑顔で挨拶をする。毎日って、最高な日々。

毎日朝日を浴びて太陽礼拝から始まる一日。血流を上げて今日も何か良いことがあるかも。普通に働けることに感謝。普通の毎日に感謝。毎日仕事をしよう。毎日掃除をしよう。毎日、毎日、毎日。

作家の浅井リョウさんは「毎日書いている。」と言っていた。分かる。分かる。「アサイチ」で絵本作家の西野亮廣も「毎日走っている。」と言っていた。すごい。すごい。

佐保田鶴治先生は繰り返し毎日ヨガの重要性を強調する。

「最初はヨーガを毎日やる。そうしたら、だんだんヨーガが好きになってくる。初めは、ヨーガをやらんと体がよくならない。自律神経が治らん、胃腸がよくならないと思ってやる。そのうち慣れてくると、どうでもよい。とにかくヨーガが好きでたまらんという時代が来る。それから今度は好きという感覚もなくなって毎日ヨーガをやろうと思わんでもヨーガになってしまう。」

テツコもそうだった。当初はヨガの先生に「毎日やるならどんなアーサナをすれば良いですか?」と聞くと、「太陽礼拝だけで十分効果ありますよ。」と教えていただいて、それから毎日太陽礼拝5回が日課になっている。

インストラクターを取得してからは、太陽礼拝に筋トレを組み入れたり、得意・苦手なアーサナを組み入れたり、アレンジして楽しんでいる。これからは、ヨガ+ランニングを毎日したいという野望がある。

そもそも、ヨガってどのような意味だろう。

『ヨーガの語源は「結合」または「一体化」という意味のサンスクリット語、ユージという動詞です。ヨーガの目的は自分自身と神を結びつけることであり、ヨーガの実践はこれを達成するための道です。』(初めてのヴェーダーンダより。)

体や心のバランスが崩れると、病気になる。ヨガには体と心を整え、調和を保ち健康になる力がある。確かに、ヨガをするには、食事を控えたり、筋トレをしたり、と自発的に運動習慣が生まれ、健康に向かっていく。

ハタヨガ・ブラティピカーでは「アーサナは引き締まった、病気知らずの、手足の軽いからだをつくる」と書かれている。 そうそう、ヨガはインナーマッスルにアプローチできるから、少しずつ体が柔らかくなり、体の可動域が広がり、しなやかな体になる。

ヨーガは実践してみないとわからないことが多い。毎日やるから、体の変化が分かる。今日は得意なアーサナができない、いつもできなかったアーサナができた、バランスのアーサナで体が揺れる、気持ちが揺れているのかも、軽いな、体が重いな、しんどいななど、言い足りないくらい、千差万別なさまざまな変化を感じることができる。じわじわコツコツなんだ。

ヨガは、自分の体と向き合っている時間、それは神様を思う時間でもある。神の前にひれ伏す自分がそこにはいる。そんな自分を愛おしいと思える時間。

アイアンガー先生も「ヨガの真価を言葉で言い尽くすことはできない。それは経験してはじめてわかるものだ。」と言っている。

その通り、やってみなければわからない。8年間も続けているテツコもまだまだで毎日の体の変化に驚きと喜びと新鮮さを感じている。ヨガに限らず、最近、3か月は続けないと、と色々なところで聞く。勉強も、英語も、筋トレも、ダイエットも。

何でも、すぐにやめたら、本質はなかなか分からない。人間も3か月以上はつきあわないと、その人の本質って見えない。3か月で見えない人も多いもんね。そんなに簡単じゃないから、良いんだよね。飽きっぽいテツコがこんな風に思える。

こんなに心の内側から湧き出る喜びが存在するのかという大いなるものと溶け合う感覚。聖者ではない私がサマーディを実現したとも言えないけれど、真我があるという感覚だけはなんとなく分かった気がする。

他人から見れば何も持っていないテツコが、こんなにも満たされている。かつて恋愛体質のテツコが恋愛よりヨガの方がおもしろいと言えるくらいの衝撃と刺激を感じながら、毎日実践している。

高校時代もめちゃくちゃ遅刻間で午後出勤、社長出勤なんて言われていたテツコが、大学も単位ギリギリ取れましたのテツコが、こんなにヨガとの出会いで真面目になり、様変わりするとは思わなかった。今や、すべてがヨガ中心の生活だ。

尊敬する佐保田先生は力強く道場で語った。『ヨーガは一生ものです。毎日少しでも必ずする習慣をつけると、やがては1回も休めなくなります。こうなるとしめたもので、これを仏教では「不退の位」と言います。「信不退、行不退」という言葉。親鸞上人が法然上人の門下にあった時に、信不退座と行不便退座という2つの座を設けて同輩たちの信仰を試みたという故事がある。ヨーガを続けていくとそういう不退の状態になり、その後は決して後ずさりはしません。原始仏教では「預流」と言います。船やイカダでガンジス川の中ほどに行き、河の流れに乗るところまでいくと、あとはほっといて自然に流れていきます。』

スワーミー・メーダサーナンダも毎日を強調する。「毎日、朝の20~30分を瞑想と祈りに充て、20~30分を肉体の修練(ヨーガや早歩きなど)に充ててください。」

それらは、アイアンガーのこの言葉に集約される。「成功は実践するものに訪れる。」そうだ、今日から実践しよう。たとえ3日坊主になってもまた復活してまた3日坊主を続けていこう。

松下幸之助さんの「道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。」のように、さぁ、あなたにしか歩めない道を、あなたにしか歩めない人生を、思いっきり前を向いて歩んでいこう。毎日毎日少しずつでも。ヨーガは絶対にあなたの味方になってくれる。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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