【ヨガ哲学の名言】恋愛が進展しない!悩むあなたにはこれだ!

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結婚と禁欲について

「エゴの観念が強い愛は本当の愛じゃありません。親子の愛にしても、恋人の愛にしても、夫婦の愛にしても、自分と相手というものを強く意識して、しかも自分を中心にした愛というのは本当の愛ではないのです。」

佐保田鶴治

29歳の夏にこんなことがあった。女友達と韓国旅行に出発し、帰国の次の日には男友達と一緒に花火に行く約束をしていた。アカスリのお土産を渡して、おしゃれなレストランでごはんを食べて、その後、花火に行った。まさに真夏のデートって感じ。デート中に何か言いたそうな彼を何度か見かけたけど、気まずい雰囲気を避けるため、送ってもらって、その日は別れた。

その後、彼から電話がかかってきて、「さっき、言えなかったんだけど、好きだから付き合ってほしい。」って言われ、「久しぶりに告白された!」ってうれしかったけど、それでもパパみたいなその人にはどうしても男を感じられなくて、断った。

そう、これが「恋愛あるある」で連絡を取り合っている相手が海外旅行で帰国した後に、告白したりされたりして恋愛が進展するのはよくあることだ。私の友達も海外出張後に、すぐ彼女ができた。「無事に帰ってきてほしい。」なんてドキドキが募るのかもしれない。

話を戻すと、「ごめん。」とだけ言った。けっこう断るのって大変だ。「フルよりフラれた方が良い。」とは全く思わないけれど、それでもフる方も、それはそれで精神的な重みは残るのだ。案外、フラれた方が先に幸せになるものだしね。案の定、彼はすぐに違う女性と結婚した。そう、これが「結婚あるある」だ。フッたはずのテツコは独身なのに、フラれた彼はあっという間に幸せを掴む。

結婚・恋愛あるあるは置いておいて、ここからはヨガ哲学において、結婚はどう捉えるものなのかということについて触れていこう。クリシュナムリティは結婚について驚きの見解を話している。「愛がないとき、私たちは結婚を発明する」と。愛がないから制度としての枠組みを必要となるというのだ。これは衝撃的な結婚観。

結婚してこそ、愛が深められると思っていたのに。「結婚が相互に利用し合うことになっていないか?」と問いかけるのである。いわゆる仮面夫婦ってやつかなぁ。相手との関係の中で、所有、嫉妬、恐怖、たえまない小言、支配または主張があるとき、それを愛と呼んでいないでしょうか?「習慣としての結婚、習慣的な快楽の制度的擁護としての結婚は、悪化要因の1つなのです。」それは愛ではないとはっきりと語っているのだ。

では、肉体関係については、どう考えれば良いのだろう。ヨーガ・スートラには「禁欲に徹する者が精力を得る。保存された性エネルギーはプラーナーに変わる。セックスを、適切に、婚姻関係の中だけで営め。」と書かれている。テツコが敬愛するガンディーも30代になると、妻と相談の上、独身生活状態に入ったらしい。

瀬戸内寂聴さんもこの禁欲についておもしろい話をしていた。「私は55歳で出家したためセックスをしていないからこんな長生きできたのではないかって思っているのよ。」なんて言ってかわいらしかった。

スートラの続き、「保存された性エネルギーは、オージャスと呼ばれる精妙なエネルギーに変わる。オージャスが蓄えられるとテージャスになる。テージャスとはオーラすなわち光輝であり、多量のオージャスを蓄えい、誰でも輝くことができる。」と禁戒であるヤマのうちの1つ禁欲を守ると、ものすごいエネルギーを獲得できるらしい。ほほう。

この禁欲を実践したものすごい夫婦を紹介しよう。ラーマクリシュナとその配偶者ホーリーマザーである。彼女はインドのもっとも偉大な女性聖者のうちの1人とみなされている。驚くことに2人は夫婦でありながら、肉体関係が一切なかったというのである。霊的な関係を保持していたらしい。やはり、聖者たちは我々の想像の域をはるかに超えている。インドでは、独身女性は「まず神と結婚しなさい。」と言うらしい。

スワミ・シヴァナンダも「心の中に、神以上に愛さなければならないものはありません。」と言っている。やはり、どんな国でも、信仰心って揺るぎないものがあるなぁ。日本だと、なかなか理解できないところもあるけれど、そういう考えもあるんだぁってな感じだ。

最後に、佐保田鶴治先生の本物の愛についての話でお終いとしよう。『エゴの観念が強い愛は本当の愛じゃありません。親子の愛にしても、恋人の愛にしても、夫婦の愛にしても、自分と相手というものを強く意識して、しかも自分を中心にした愛というのは本当の愛ではないのです。仏教では愛欲というのです。欲という字がついている。愛欲というのは良くない。愛はどこまでも純粋でなければならんから無我の愛は当然だと思うし、ヨーロッパ人だってやはり「愛を与える」というんですね。相手に全てのものを与えてしまおうとするところに愛があるんだとこういうんです。』

愛の奥深さ・本物の愛とはこういうもの。すごいよね。この領域にまで、行ける人ってどのくらいの割合なのだろう。もちろん、例えば1週間とか限定されれば、本物の愛にも出会えるように思うし、相手のために全てを捧げよう!なんて思えるけれど、これが10年20年30年なんて考えると、程遠いような気がしてしまう。

既婚者のみなさん、愛を大切にしていますか?独身者のみなさんは結婚したいでしょうか?先日、独身女性の約半数が「結婚したくない」とのデータが発表された。(50.9%だという。)時代がすさまじい勢いで変わっていますね!興味深いです。昭和からの色々な絶対的価値感はかなり崩壊しているので、それに合わせて、政府の方々にも、政策をリニューアルしていってほしいと願うばかりです。

話がズレてしまっていますが、恋愛が進展しないとお悩みの場合、海外旅行に行ってみて、相手を心配させてみるっていうのも良いのかもしれません。いずれにしろ、「心配してくれてる」ってその時点で、結構な愛が存在している証拠だよね。それが、恋愛でなくても、同僚だったり、友達だったりだとしても、大切にすべき関係だ。

だから、恋愛に発展してもしなくても、ヤキモキしてしまう時点で自分の愛はエゴで、本物の愛ではないのかもと少し自分をなだめつつ、その人のことをちゃんと大切にしていればよいのかなと思う。今更、関係にこだわる必要なんてないじゃないか!みたいな(笑)離れることが精神的に必要な時もあるけれど。

いずれにしても、愛を告げたり、告げられたりするって、素敵なこと。そう想える人がそばに、そして、近くにいるだけで、人生勝利です!落ち込まずに、愛をじっくり自分の中で味わい、熟成させるも手ですね。誰かを愛することを無駄だなんて思わずに。

今日もお読みいただき、ありがとうございます。

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